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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 42(1): 1-2 (2026)
doi:10.9794/jspccs.42.1

巻頭言Preface

100年もつ心臓へHeart Lasting for 100 Years

東京女子医科大学 循環器小児・成人先天性心疾患科Department of Pediatric Cardiology, Tokyo Women’s Medical University ◇ Tokyo, Japan

発行日:2026年2月28日Published: February 28, 2026
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本邦で人工心肺を用いた開心術が始まって60年,フォンタン手術が普及して50年余りが経過した.この半世紀の間に,かつては救えなかった複雑心奇形の多くが成人期を迎えられるようになり,今や成人先天性心疾患(ACHD)患者数は小児のそれを上回り,私たちのフィールドは「小児」という枠組みを超え,生涯にわたるライフステージを網羅する学問へと変貌を遂げた.私自身,医師となって25年が過ぎ,人生100年時代としても折り返し,残されたアカデミック・キャリアの中で,自分は何を成すべきか,そしてこの学問は何処へ向かうべきか.私がその答えとして辿り着いたのが,「100年もつ心臓へ」という指針である.

【自分の原点】

大学5年生の夏,海外実習でのことだった.トロント小児病院では,Legendと呼ばれる先生方に直接教えていただく機会があり,皆がボストンでは何をしているか常に意識していることがうかがえた.もともと,放射線腫瘍学に興味があり,MGHでの実習を予定していたのだが,ボストン小児病院での実習を急遽お願いし,Prof. Newbergerに面接していただけることになった.緊張しきって病棟に行き,ラウンドに同行した.質疑応答しながらラウンドをしているとき,ふと聴診を促された.「これは機能性雑音というものよ.」…!!!今になると,なぜそれがそこまで心に響いたのかわからないが,その夜,ホームステイ先のホストに今日聞いた雑音について夢中で語る私に,彼女は言った.「You really like it!」.その瞬間,心にストンと何かが落ちた.「あ,私は小児循環器が好きなんだ」.トロントでTGAのJateneを見て,ボストンでは,PA IVSのバルーンをJim Lock先生がするのを見て(!),私の頭の中は薔薇色だった.放っておいたら死んでしまう子どもが,手術やカテーテル治療一発で,元気になる!!なんと素晴らしい!私の人生をかけてやるべき科は小児循環器に決定した.それから25年,ちょっと見方は変わったかもしれないけれど,今もあの時の気持ちは変わらない.ただ,わかったことは,一発の手術やインターベンションで病気は治らない,ということ,一つとして同じ心臓がないことだ.医者3年目で飛び込んだ小児循環器の世界は私を魅了し続け,気がついたら20年以上が経っていた.この20余年で起きた進歩について振り返りながら,我々が目指す未来について考えていきたい.

私が医師免許を手にした1999年は,日本において臓器移植法が成立(1998年)し,国内初の心臓移植が行われた記念すべき年である.当時の私はまだ心臓移植には興味がなかったのだが,先天性心疾患を深く学ぶべく,東京女子医科大学心臓血圧研究所の門を叩いた.入局当初の現場は,胎児診断はまだ普及しておらず,病棟では予期せぬ急変が日常茶飯事だった.カンファレンスでは暗号のような略号と専門用語が飛び交い,外国語のようだった.中澤誠先生には,よく「お前の頭の上にはいつもハテナマーク(?)が飛んでいるぞ」とからかわれたものだ.特に印象深かったのは,初めてICU当直をした夜である.8床中3床が新生児の左心低形成症候群(HLHS)であった.モニターと睨めっこをしながら,泣き出しそうな不安の中で私が必死に願っていたのは,100年の長寿などではない.ただ「一晩もつ心臓であってくれ」という,祈りだった.その後,医師5年目で再びトロントへ留学し,Dr. Redingtonのもと,血行動態を極め,心筋保護を念頭に置く小児循環器学を学んだ.女子医大での最初の2年とトロントでの3年間を通して痛感したのは,「一発の魔法のような手術で,病気は完治するわけではない」という事実だった.

【構造的修復から「機能的長寿」への転換】

これまでの小児循環器外科の成功は,主に解剖学的な修復の完成度に依拠してきた.しかし,この約20~30年の間に明らかになったPLE(蛋白漏出性胃腸症)やFALD(フォンタン関連肝疾患),難治性不整脈といったフォンタン術後合併症は,当時の「最善」が数十年後の「設計上の限界」を露呈した形と言える.これは,CHD患者の「生物学的年齢」が,必ずしも実年齢と一致していないという事実も含んでいる.近年のデータによれば,フォンタン術後の患者においては,その身体機能や臓器の予後は実年齢に「プラス30年」の負荷を背負っているとも言われる.20歳の若者が,細胞レベルでは50代の心血管リスクや臓器ストレスに直面しているという1),この「Early Aging」に介入できなければ,100年の計は語れない.

我々が目指す「100年もつ心臓」とは,

単に心臓の形を治すことではない.介入のタイミングや手法を最適化し,エピジェネティクス的な「老化の時計」をいかに遅らせ,あるいはリセットできるかという挑戦である.周術期の管理一つひとつが,将来の遺伝子発現を左右し,80年後,100年後の心筋の運命を決定づけることを意識し,血行動態だけでなく,予防医学的観点からも介入し,「構造の修復」から「機能の永続性」へとシフトすべき時なのである.

【100年もつ心臓への二つの柱】

この目標を達成するためには,二つの大きな柱が必要だ.第一の柱は,先端テクノロジーの社会実装である.再生医療の分野では,iPS細胞等の自家細胞を用いた人工血管や弁の開発が進んでいる.心臓そのものを自己組織から作ることも夢ではないだろう.そうすれば,合併症の多い機械的補助や,心臓移植の待機の必要もなくなるかもしれない.また,デジタルツインとAIによる個別化医療も欠かせない.患者一人ひとりの心機能をデジタル空間に再現し,将来の血行動態の変化をシミュレーションすることで,最適な介入時期を「100年後の予後」から逆算して決定する.こうしたデータサイエンスとの融合こそが,我々が生物学的な限界を突破する鍵となるだろう.第二の柱としては,ライフステージを支えるシームレスな診療体制の確立である.技術的な進歩以上に重要なのが,医療提供体制の変革だ.小児期から成人期,そして老年期へと繋がるシームレスな移行は,依然として多くの課題を抱えている.小児循環器医が慈しみ育てた命を,循環器内科医,そして老年医学の専門家がバトンを受け継ぎ,多職種と協力して生涯にわたって支え続ける「ハートチーム」の構築を,本学会が主導して進めていかなければならない.患者自身が自分の心臓の状態を理解し,主体的に健康管理に取り組むヘルスリテラシーを育むことも,100年の航海における羅針盤となるはずだ.

最後に,我々は「100年」という数字の裏にある倫理的側面にも真摯に向き合わなければならない.ただ心臓が動き続けることがゴールではない.心臓病を持ちながらも,夢を追い,恋をし,働き,家族を持つ.人生の終末期において,どのようにその灯を閉じていくかというアドバンス・ケア・プランニングについても,小児期からの関わりの中で,段階的に考えていく必要がある.「100年」という数字は単なる延命ではなく,いわゆる「健康寿命」と「寿命」を一致させることが,我々の真の願いである.

【次世代へのバトン】

「100年もつ心臓へ!」この目標は,かつての先輩方が挑んだ「複雑心奇形の救命」と同じく,今はまだ高い壁に見えるかもしれない.しかし,小児循環器に携わる皆が,力を合わせれば必ず道は開けると信じている.本学会が,次世代の若き医師たちにこのビジョンを自信を持って投げかけられる未来を作っていきたい.CHDの子どもたちが,自らの心臓とともに,100年の歳月を力強く歩んでいける未来を,我々の手で切り拓いていこうではないか.

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